【受験体験記2023】東京家政大学進学のHさん(都立松原高校)
私は自分のずっと行きたかった高校に合格することができ、ずっと憧れで楽しみにしていた高校生になり、入学したときから新しい友達と新しい環境での学校生活が、すごく楽しかったです。受験がんばってよかったと、入学してすぐ思い、今でも思っています。
私は指定校推薦で大学に行こうと思っていたので、とにかくテストでいい点数をとれるように勉強をしました。高一のはじめての定期テストでは、200人中32位をとることができました。勉強が苦手で、中学の頃も勉強しても80人中60位とかが多かったので、絶対に無理だなと思っていたのですが、予想よりいい順位を取れました。そこからもっとやれば点数が上がると思い、授業で分からないことはすぐに塾で聞いて、なるべく塾で予習もするようにしました。そしたら、だんだん点数も順位も上がり、学年1桁をとれるようになり、成績優良者にもなりました。
勉強が苦手でも、大学に行くため、楽しい高校生活・大学生活を送るためという気持ちが強かったので、遊びのない日はなるべく塾で勉強して、勉強と遊び・バイト・習い事を両立できるように努力しました。
私は指定校推薦をとるつもりでいたのですが、一般入試のために受験勉強も高2の冬休みから本格的に始めることになりました。ただ、何度勉強しても全然解けるようにならず、なんで受験勉強をやっているのだろうと思ったことがありました。一方で、今やっておけば、一般受験となったときに後悔しないと思い、なんとか勉強は続けていました。
しかし、勉強してもできるようにならない辛さから、高2のおわりから高3のはじめにかけて、遊びに逃げてしまった時期がありました。勉強を全然しない日も多かったです。そしたら、杉山先生に怒られました。怒られた理由は、勉強していなかったことではなく、現実から逃げてしまっていたからです。
杉山先生は、勉強ができないことに対して怒ることはほとんどありません。ただ、自分でも良くないなぁと思っていることから、目をそむけてしまっていることに対しては厳しいです。あの時の私もそうでした。指定校推薦で目指せる大学よりも、一般入試で目指す大学の方に行けるなら行きたいと思いつつ、できない勉強から逃げてしまっていました。
先生から叱られたのとほぼ同じタイミングで、指定校で考えている大学、一般で考えている大学のオープンキャンパスに行きました。指定校の方は遠くて、周りには遊べる場所がありませんでした。一般の方は家から近くて、入りたい部活・サークルもありました。一般の勉強はつらいけど、行きたい大学に受かるために勉強をしようと思い、そこから毎日必死に勉強しました。
夏休みは朝8時から夜10時まで勉強して、塾から帰ってきたらその日の復習を1時間ほどしました。とにかく志望校に行くためにずっと勉強していました。でも、ずっと勉強だと集中できない日が出て、時間をムダにするからと先生に言われ、友達と遊ぶ日をつくったり、息抜きをしたりもしました。そのために、遊ばない日は6時7時から勉強を始めました。夏休みも勉強と遊びを両立できた方だと思います。遊ぶために勉強をすると思えていたので、勉強を苦痛には感じず、むしろ楽しめていたと思います笑。
夏休みはあっという間に終わりました。夏休みで基礎知識は定着できたので、秋頃から公募推薦のテスト勉強を始めました。公募推薦は、一般入試と同じ教科の筆記試験がメインで、それに面接がありました。筆記試験は私がいちばん苦手な国語と英語でした。
ただ、本当に早く合格したい、絶対に志望校に受かりたいと思っていたので、学校にいる間も、通学の電車の中でも、ご飯を食べている時も、ずっと勉強していました。文化祭が終わった数日後に、過去問を解きましたが、思っていたよりも点数は取れなかったです。なんでこんなに勉強しているのに取れないのだろう、やっぱり私は馬鹿なんだなぁと思いました。でも、そんなことを考えているよりも、勉強したほうがいいと思い、自分が出来なかったところを何度もやり直し、そしてまたテストをする、というのを繰り返していました。しかしそれでも、点数はなかなか上がりませんでした。受験しても絶対に受からないと思い、何度も泣きました。もう受けるのをやめようとも考えました。
でも、その度に杉山先生が話を聞いてくれたり、励ましてくれたりしました。先生と話をしていると、高1から努力してきたこと、夏休みにめちゃくちゃ勉強したこと、それらがここでやめたらムダになる、あとで絶対に後悔すると何度も思いました。そんな日々を過ごしているうちに、過去問で点数を取れるようになっていきました。受験直前には合格目安である7割を安定して取れる成績まで行き、諦めずにやって良かったと思いました。
入試当日は緊張しました。過去問の形式から大きく変わり、テストの手応えはなかったです。落ちたと思ったので合格発表の日まで一般にむけて勉強を続けました。
12月1日の合格発表。合格と分かった瞬間、涙が溢れました。うれし涙と頑張ってよかったという気持ちでいっぱいでした。杉山先生、友だち、家族みんな喜んでくれて、受験勉強諦めずにがんばって良かったと思いました。
受験を終えて
TSKに4年間通って。勉強が大の苦手な私でも、たくさん努力をすれば、行きたい高校・行きたい大学に受かるんだなと思いました。だから、TSKのみんなに言いたいです。みんなは私よりももとの学力が何倍も高いから、絶対に私なんかよりもっともっと良い成績を取れます。だから勉強が嫌だったとしても、つらかったとしても、行きたい高校・大学があるなら、後悔しないために頑張ってほしいです。また、 仲の良い友達と遊ぶこと、今の学校生活を楽しむことも大切にしてください。先生からも言われていると思うけど、高校・大学を楽しむために勉強していることを忘れないでください。応援しています!
【保護者体験談】東京家政大学進学Hさんのお母さま
日に日に短くなるスカート丈とメイクの上達。娘が憧れていた華のJK生活はいつも楽しそうでした。勉強面では高校受験で培った勉強スタイルを崩すことなく、オンとオフを上手に切り替え、外見は派手なのに成績は上位!それが娘の何よりのモチベーションでした。大学受験に対しては、知り合いや先輩が一般受験で苦労している姿を間近で感じ、早い時期から指定校推薦も視野に入れていました。
娘が希望する大学の指定校推薦はあったのですが、希望する学部ではないこと、キャンパスが自宅から遠く、通学に時間が掛かることがネックでした。同じ資格が取れるのであれば、遠くても指定校推薦で決めてしまいたい気持ちと自分が一番行きたい学部(しかも自宅から自転車で20分の距離)を諦めずに受験する。どちらを選択するか、親子でかなり悩みました。
娘は定期テストを頑張り続けて、成績をキープしてきたのに指定校推薦を利用しないのであれば意味が無かったと。今すぐにでも、受験を終わらせたい気持ちもあり、指定校推薦でもいいやと思うようにもなったのですが、実際にどちらのキャンパスにも足を運び、何度も話し合い、やはり希望する学部に進むことがベストなのではと娘の考えも変わっていきました。杉山先生と話し合う中で、『乗り越えられる力があるから大丈夫』という先生の言葉が強く心にささり、その言葉が支えとなり、指定校推薦ではなく希望する学部の受験を決めることができました。
覚悟を決めて受験勉強に向き合っていましたが、勉強しても勉強しても何も頭に入ってこないと嫌気がさし、合格することが出来るのかと不安になり、杉山先生にも当たり散らし、辛いことから逃げる理由を探したりと精神面で不安定になった時期(2ヶ月間)もありました。私自身もそんな娘に付き合いきれず、どんな選択をしても自分自身の責任(費用含め)だから後悔のない選択をして欲しいとだけ伝えました。
親としてどんな距離感で娘と向き合うのが良いか悩んだ時期でもありました。そんな時でも杉山先生だけは、娘の様子をみながら、適度に距離をとり、娘が覚悟を決めるまで何度も話を聞きサポートしてくださいました。娘の暗黒期を、誰よりも心配し寄り添ってくれたこと、それが娘が目標を見失わずに最後まで受験と戦うことができたのだと思います。
受験は不安症な娘には本番の雰囲気を体験した方が良いと推薦を2回(1回目は小論文、2回目は英語と国語)トライしました。小論文対策は行わず、ただひたすら2回目の学力試験のみの対策をしました。1回目の結果は想定どおり不合格でしたが、その後もモチベーションをキープし続け、勉強に向き合うことができました。結果、2回目(英語と国語)で合格することができました。
中2の夏にTSKに通い始めた頃は、テストで50点を取れれば十分、娘には満点だと思っていました。また、はじめた受けた高校受験の模試では偏差値30というびっくりさせる成績を取りました。それでもTSKに通った4年間、高校・大学受験を経験し、どんな事も楽な道を選択するのでは無く、最後まで自分の夢を見失わないこと、努力してチャレンジすることが大切だと気づくことが出来ました。それが娘の成長だと感じます。
