小学校低学年のうちにやっておくべきこと【言語能力を鍛える】

小学校低学年までにやっておいてほしいこと

こんにちは、武井です。
今回は、小学部募集停止にあたり何件かの問い合わせや質問があり、色々と思うことがあったので思いつくまま書きたいと思います。

勉強以前

小学生のうちにやっていてほしいことは大きくわけて二つ。

・本をたくさん読む(小説・伝記・漫画・図鑑など色々なジャンルを読んでほしい)
・レゴ、パズル、オセロ、将棋、チェスなどでよく遊ぶ

とにかく小さいうちに、思考力と解決力を身につけておいてほしいと思っています。

そもそも、勉強に必要なものは何でしょうか。
まず始めに持っていなければならないものは日本語のリテラシーです。
そしてもう一つは、知的好奇心だと思います。

「頭が良い子」は皆これを持ち合わせています。

テキスト的な勉強(教えてもらう、問題を解く)ももちろん大切ですが、学校の勉強がそれほど難しくない時期は、本を読む面白さ・楽しさ、一人で考え抜く癖、長時間何かに取り組む集中力などを身につけることも非常に大切だと思っています。
これができていないと、勉強を始めても集中できずすぐに飽きてしまったり、「わからない」と言って自ら考えることなく答えだけを誰かに求めてしまったりします。
また、小さなころから続けている習い事がある子は、やはり集中力があります。

主体的に取り組む力が無いと、いつまでたっても出来るようになりません。

本を読むことで、知ることの面白さ、言語能力、語彙力、知識、知恵、集中力などが育つはずです。
将棋などの知的ゲームをすることで、考えることの面白さに気づき、一人で考える力、一人で解決する力、物事や状況を多角的に捉える癖などを身につけることができます。

テキストの勉強だけでこれらが身につくのは既にその素地のある子のみです。

塾での勉強はそこまで万能ではなく、限定的な能力を伸ばすことしかできません。(だからといってしなくてもいいというわけではありませんが)
勉強は本来とてもイージーなものですが、一人で考える・解決する・一定時間集中する等の能力がない子にとっては途端に難しいものに変わってしまいます。

勉強だけが学力の向上に役立つわけではないということです。

 

余談

小学生や、その保護者の方は、算数に不安を覚えている方が多いですが、そのほとんどが日本語で躓いていることに気づいていません。
文章題なんて、簡単な読解問題です。2,3行の短い文から条件を読み取って簡単な計算をするだけです。あの程度の文を読み取れない子は、映画やアニメを観たりゲームをしても間違いなくストーリーを理解できません。おそらくそのことにも気づいていないはずです。

小学校5年生ぐらいから算数の難度は一段階上がりますが、基本的な国語力(言語能力)が身についている子はその程度では躓くことはありません。

逆に、割合で躓く子(かけ算割り算・分数・少数・%・速さ・濃度・比がすべて“割合”だと気づいていない子は本当に多いです。)は、基本的な「国語力」が足りていません。
5年生ぐらいになるとこの辺の差がようやく顕現してきますが、本当はもっと前の段階で差がついてしまっていると考えるべきです。

中学生でも、割合を理解していない、割合の感覚がない子はたくさんいます。
速さを「み・は・じ」などの方法論で覚えてしまっている子や、図形やグラフを比で捉えられない子がその例です。

もう一度言いますが、小学校の算数はただの国語です。
同じもの(割合)が違う形(分数・比・%・少数・かけ算割り算など)で表されていることを理解できるかどうかにかかっています。

これを同じものとして捉えられないと、「色が変わっただけで別物に見える」現象が起こり、一つ一つ別物のパターンとして認識しなければならなくなります。
これでは、記憶のキャパシティが不足します。

同じものとして捉えるというのは、「抽象化」して捉えるということです。
「みかん・りんご・バナナ・パイナップル」を挙げて「つまり何?」と聞いたときに「果物」と抽象化(グループ化)して答えられない子は、間違いなく国語・数学(算数)が苦手です。

小学校の先生は「具体的に話そう!例えば?」とは聞きますが、なぜか「抽象的にまとめよう!つまり?」とはあまり聞きません。
そのため、具体化することはできても抽象化することができない子が多くいます。

小中高生関係なく、何かの説明を求めるときに「意図せず具体的に話してしまう子(常に「例えば~」から話を始める子など)」と「端的に話す子」がいます。
「トラックが電柱に衝突する」映像を見せて「何が起きた?」と聞くと、「トラックがすっげー勢いで電柱に突っ込んでドーンてなりました。」と答える子と「事故が起きました。」と答える子に分かれます。

数的には前者が多いですが、頭の良い子は皆後者です。
つまり、簡潔にまとめる(抽象化する)能力があり、その癖がついているということです。

「詳しく答えたほうがいいだろ」と思われるかもしれませんが、基本的にものを伝えるのが上手な人はまずはじめに結論を述べます。その後で詳しく説明していきます。これは小学生でも、学校の先生や両親から習っているはずです。
また、前者はそもそも質問に答えられていません。「何?」と聞かれたら「名詞で答える」のがあらゆる言語の共通ルールです。そういった規範に無神経でいる癖がついてしまっているとルール(公式や文法など)を学んでも正しく活用することが難しくなります。

これを改善するのは大変です。日ごろから「まず一言で簡潔に伝える。何を話すか、何を答えるかを頭で整理してから話す。規範を理解し、それに従う。」といったことを意識しなければ治りません。

言語能力と読書

「本を読め」という話に戻ります。
とにかく本を読んでほしい、これは小学生に限らず中高生の指導をしていても毎日のように思うことです。

とにかく読書をする習慣をつけてくれ、今日のブログで言いたいことはこれだけです。大きく脅迫的に書いてみましたが、本当に毎日叫びたくなるほどこう思っています。(先生たち全員こう思っています。)

他でも何度も書いていますが、私たちは「国語力」が学力の基礎だと思っています。言語能力(日本語のリテラシー)こそが学力の基盤です。
(新中3生のカリキュラムは12月に行った模試の国語の成績で内容量やスピードを設定しています。もっと言ってしまえば、この時点の国語力で狙える学校はほぼ決まっています。一年間の勉強だけで補える楽な能力ではないからこそ、小学生のうちに鍛えてほしいと思っています。)

これについては、
岸本 裕史 (著)『見える学力、見えない学力 (国民文庫―現代の教養) 』を読んでいただければより深く理解してもらえると思います。

少し引用します

学校の成績があまりよくないといわれる子どもに、いっしょうけんめいドリルを買い与えてやらせても、効果ははかばかしくありません。塾へやっても期待はずれになりがちです。それは、学力の土台となる言語能力が貧しいからなのです。

知的能力の中核は言語能力です。俗に頭がいいとか、高い知能を持っていると言われているのは、言語を思考の道具として自由に駆使したり、多彩に概念を操作できる能力が優れているということなのです。この能力は、生まれてから後の言語環境のよしあしと学習によって決まってきます。

たくさんのことばを知っているということは、それだけ一般化・抽象化できる能力の素地が高まってきたとみなしてもさしつかえないでしょう。親が日常使っていることばの質が高ければ、おのずと子どもの言語能力の発達は促進されます。順接・逆接がいろいろと組み合わされた複文構造の物の言い方をよく聞いて育った子は、算数の文章題を解くことは、たいしてむずかしいことではありません。計算のしかたさえきちんとのみこんでおれば、ちっとも苦労せずに正解を出すことができるのです。

小学校でよくできる子は、すべてといってよいほど読書好きです。そんなに学校で習ったことを懸命に復習しているわけではないのに、水準以上の成績をおさめている子は、例外なく本好きです。本好きな子が、学校で習ったことを毎日きちんとつめて復習していれば、ほとんどトップレベルの成績になっています。

言語能力の重要性や親の役割、読む力と学力の相関など参考になることがたくさん説かれています。ぜひ参考にしてもらいたいです。

読み取る力・一人で考え抜く力・長時間考える力・物事を多角的に捉える力・教科書には載っていない知識・知恵、などが乏しい小学生(中学生も)はとても多いですが、これらはすべて言語能力の貧弱さが原因として通底していると言えます。

「読んで理解する」「書いて表現する」「話して伝える」というシンプルなことができない子は多くいます。話がほとんど伝わらない子もいます。
親や友達としか日常的にコミュニケーションを取っていない子は、言語的に世界が閉じています。ほかの大人が使う日本語を理解できない子は実はたくさんいます。

「読んで理解する」「書いて表現する」「話して伝える」という初歩的なことができないと、テキストを開いて勉強をしたところでほとんど無駄に終わってしまいます。
読書という行為は、こういった基本的な能力を子どもに与えてくれます。塾よりも安上がりで且つ効果的です。(塾はもっと内容的なものを教わる場所です。)

また、小さなころから能動的に知識を獲得し、自ら考えて解決しようとする癖がついている子とそうでない子は、勉強においてもやはりインプット・アウトプットの質に大きな差があります。
新しいことを理解するスピード、それを使いこなすまでのスピードが段違いです。こちらが説明・解説する時間にもかなりの差が出ます。

私が現在担当している新3年生の中に、本をよく読み上記のような能力が備わっている子が2名いますが、やはりこの2名は新しい内容を理解するスピード、問題を解くスピードが速いです。他の子が2時間以上かかるものも30分程度で処理します。

こういった能力(勉強“だけ”では身につかないものです)が身についている子は、中学生から塾に通い始めても十分間に合います。(今年の中3生で最後に入塾した子はこういうタイプの子で、10月末まで部活動があり勉強時間が限られていましたが、最終的に各科目で偏差値70を記録し、5教科の偏差値も63~66程度で安定していました。入塾時は50~55程度だったかと思います。)

逆に、こういった能力を身につけてはいないが小学生のうちから勉強だけはやっているという子は、いずれ追い抜かれて追いつくことはほぼ不可能です。

早いうちから勉強をしているからうちの子は大丈夫だろうと思われるのは早計であり怖いです。
先にも書いた通り、勉強は万能ではありません。
勉強だけしていればいいという考えは非常に危ないと思います。

面談時に、「ご家庭でお願いする」ことの中に、子どもとのコミュニケーションの取り方や勉強内容の確認とその方法などがありますが、これは先に述べたようなことが理由です。
塾で勉強をしているだけでは足りないのです。

塾講師をしていて「賢いな」と思う子は、ほとんどが日常的に本を読む子です。
ここから考えれば、読書は十分条件ではないが、必要条件ではあるのだろうと認識せざるを得ません。

学校の勉強に余裕のあるうちに読書習慣を身につけておくことは、後々大きなアドバンテージになります。
(もっと言えば、ある程度の言語能力が身についていればどこまでいっても学校の勉強レベルなら余裕を感じられるはずです。)

こういうことを書いても読まない人は絶対に読まないと思いますが、それはそれで仕方がないと思います。諦めています。
残念ですが、そこまで必要性を感じていないのでしょう。

 

参考になるかわかりませんが、私自身の話を。
私の場合は、小学生の頃のことは失念しましたが、中1~高3にかけて1500冊ぐらいは本を読みました。(漫画は3000冊ぐらい?ブック〇フが自分の部屋みたいな感覚でした。)
多いか少ないかはわかりませんが、一応読書習慣は身についていたと言えると思います。(何冊読んだかは重要ではありません。読む習慣がついているかが重要です。)

当時は、碌に勉強もせず(定期テストは前日だけ教科書を読んでワークを解くぐらいのことはやっていましたが)、放課後はゲームセンター・読書・漫画・友達とのサッカーとひたすら遊んでいる自堕落でダメダメな学生(TSKにいたら即退塾させるレベル)でしたが、模試や定期試験の成績“だけ”は問題なく取れていました。(偏差値は65~75ぐらい。理科が苦手で数学と国語が得意でした。)中2の夏に初めて塾に通い、いきなり一番上のクラスに突っ込まれましたが、授業も問題なく理解できました。つまり、自分の場合は「中2の夏からの通塾でも問題なく間に合った」と言えると思います。

一応、大学受験も現役で世間的には優秀と言わている大学に合格しました。(学生時代より今のほうがはるかに勉強しています……。)
当時はただ運が良かっただけだと思っていましたが、理解力やスピード、一度読んだり見たり聞いたりすれば覚えられ、覚えたことをすぐに活用できる力があったのは、暇つぶしの読書で図らずも鍛えられた言語能力・論理的思考力のおかげだったと今は思っています。それを理解したのは、塾講師になって他の中高生がどのような状態なのかを知ってからでした。
塾講師になった当初、他の中高生の状態を見て本当に衝撃を受けました。「なんでこんなことも分からないのだろう?」「話が全然伝わらねー」「この人は世界がどう見えているんだ?」とパニックになるほどで、先輩(杉山)に毎日のように相談していました。今はもう慣れてしまいました。

 

学校以後

少しのコミュニケーションで、その子がどの程度の理解力を持っているかはわかります。

子供に限った話ではなく、これは大人になって社会に出てからも同じだと思います。
何がわかって何がわからないか、自分の考えなのか他人の受け売りなのか、本物なのか偽物なのか、もっとストレートに言うと「優秀かバカか」、こういうことを少なからず私たち人間はコミュニケーションを通じて互いに感知します。

他人から「こいつは頭が悪い」と思われてしまうと、騙されてしまったり、都合よく利用されてしまったり、何か良くないことに巻き込まれたりする確率が上がります。(たぶん)

そんなことをする人のほうが悪いだろというのは間違いないのですが、学校教育的で道徳的な考えだけではどうしようもない現象が存在するのも社会的にまた間違いのない事実です。

とりあえず勉強させていればいいという考えではなく、その手前にある着目すべき大切なことをもっと意識してほしい、そしてその後のこと(付加価値的なもの)までも見通した学習をしてもらいたいと強く思います。
勉強や塾は、とりあえずやっていればOK・とりあえず入っていればOKというものではないと思います。

 

まぁ、こんなこと書いても読まない人は一向に読まないんですけどね…(悲)

関連記事

  1. 【その③】演習不足の子の場合
  2. 【新中学1年生】新学期に入る前にやっておきたいこと【基礎学力】
  3. 【TSKの方針と未来像】可能性たっぷりの新高3生を指導していて思…
  4. 【受験体験記2019】日大櫻丘高校進学Sさん
  5. 冬期講習終了。【都立一般まで約40日!】
  6. 新入会・体験生の小中学生への指導を通して感じたこと
  7. 3年生たちへの指導を振り返って改めて感じたこと【新年度に向けて】…
  8. 【新中3生】模試の過去問を解いてみた【2019年度入試組】

アーカイブ

最近の記事

PAGE TOP